私について

私が韓国で生活をするようになったのは2003年9月。

仕事の転勤がきっかけでした。
私が勤める会社は韓国に支店があり、そこへ3年間の出向という辞令を受ての転勤でした。

韓国第二の都市と言われる釜山という街で、
私の韓国生活が始まりました。

私の出身地である福岡からは非常に近く、船で移動してもわずかに3時間。
距離的にも近く、見た目も雰囲気も似た人たちが暮らす街。
とても国境を越えて外国に来たとは思えない街です。

会社で共に仕事をする韓国人社員の方も、日本語が達者な方ばかりで。
あまりの日本語の上手さに、ますます外国で暮しているという雰囲気はありませんでした。

韓国語を覚えずとも、仕事も生活もできる環境にあったので、

3年間の間に少しでも韓国語が話せたらいいなあ。。

最初は、その程度の軽い気持ちで生活をしていたものです。


ところが、転勤してから1ヶ月程経った頃、
その気持ちに変化がありました。


韓国語を早く身に付けたい。


そう思うようになったのです。


理由は2つありました。


ひとつは、韓国の人の温かい気持ちに応えたかったということでした。

仕事では日本語の上手な方たちとのお付き合いがほとんどでしたが、日常生活の中では当然日本語を話せない方がほとんどです。
生活をしていれば、私の周りの方たちはすごく親切にしてくれたのですが、

「ありがとう。」

その程度の言葉しか返せないことに、非常に申し訳なさを感じるようになっていったのです。

「郷に入れば郷に従え」

という言葉をよく思い出すようになりました。
韓国の方の優しさに触れるたびに、

「自分の気持ちを韓国の言葉で表現したい。」

そう思うようになっていきました。


ふたつめは、仕事をよりスピーディーに、正確にこなしたかったことでした。

いくら日本語が上手な方たちばかりとはいえ、違う国の言葉で意思の疎通を図るにはやはり限界があります。かといって、仕事をする以上はミスがあってはいけません。

話す言葉が違うことで起こるコミュニケーションの壁を低くするために、私も韓国語を理解し、話せるようになりたい。

そう強く思うようになっていきました。


それから約3ヶ月。
私は韓国語を熱心に勉強し、韓国語を話せるようになっていきました。

私の暮らす街の周りには、日本人のための韓国語教室なんてありませんでしたから、そのほとんどが独学によるものです。

最初はつまづくこともありましたが、なんとか話せるようになりたいという強い気持ちから、少しずつ少しずつ、話せるようになっていきました。


言葉がわかるようになると、世界がとても広がっていくのを感じました。


仕事はよりスムーズに、正確にこなすことができるようになっていきました。
私生活面では友人も増え、サッカーチームに入れてもらい一緒に楽しくプレーするほどになりました。
人との交流が増え、文化や習慣をより深く知ることができました。

言葉がわからなかった頃よりも、韓国での生活が数百倍楽しく思えるようになりました。


転勤してすぐの頃は、世にもてはやされた韓流ブームには正直関心がなかったのですが。。

韓国語を話せるようになり、韓国映画や韓国ドラマのセリフ、テレビで時折見かける韓流スターのインタビューなどを徐々に聞き取れるようになってくると、すごく面白く思えてきたんです。

それからは、韓流ドラマや韓国映画を見ながら、韓国語の勉強をする時間が増えました。

今ではすっかり、韓流ファンの一部になっています。^^


3年間という辞令で韓国に来てから、早いものでもう2年が経っています。
一年後、韓国を去り別の地で生活しているか、はたまた韓国で生活を続けているかはわかりませんが、今はまだもうしばらく、すっかり住みなれたこの韓国で生活をし、情報を発信し続けていきたいと感じています。


2005.10.21
hanguk_life